2014年3月13日木曜日

Clara by Roberto Bolaño

  The narrator loves Clara desperately. Clara is mentally disorganized, for she says she sees rats in her room. His love deepens as she suffers from cancer. He loses himself and is obsessed with her. At the end of the story, he thinks: “But I was in no condition to provide him [Clara’s husband] with that solace.”
  The writer’s message is: the narrator himself is the one who needs solace. This is a paradoxical story. Clara looks like a sick person, but actually the sick is the narrator himself.
 

2014年2月14日金曜日

The Bear Came Over the Mountain Alice Munro

  The story is not someone else’s, but my own, for I am almost 71 and around the characters’ ages. I understand Grant’s disappointment when he finds out Fiona’s inability to recognize him. Moreover, he is embarrassed to see her being close with Aubrey. At the end, however, since he loves Fiona, he asks Marian to bring Aubrey back to the hospital.
    Munro describes Grant’s psychology well. I have learned how to present a protagonist to the reader. The writer must describe concretely and precisely what he or she is thinking about. Munro describes how Grant thinks about Marian in detail. After listening to her recorded message from her, his thought goes: “A tremor of nerves there, an affected nonchalance, a hurry to get through and a reluctance to let go. . . . And what would become of him and Marian after he’d delivered Aubrey to Fiona? . . . Too stiff, too professorial.”  
   The description of Grant’s mind lasts about 80 lines. While the reader is reading it, they inevitably feel identified with him. This is Munro’s technique. A mere description of what the character does is not enough for good story writing. Good writers invite the readers into a deep and universal part of the characters and make them identical with them.
  The ending is mysterious. Fiona says, “You could have just driven away without a care in the world and forsook me….” What does it mean? Does it mean, “You didn’t have to take all the trouble to visit me”? or “Why didn’t you just drop Aubrey here and drive away?” The readers probably want Fiona to remember Grant, but she seems not to be able to recognize him. The interpretation of the last words, “Not a chance” depends on each reader. Muro does not clarify the ending. Grant said that sincerely or out of courtesy.
   The relationship among the four characters: Grant, Fiona, Aubrey, and Marian, is intriguing. If Fiona likes Aubrey, why not Grant and Marian become intimate friends?
     Lastly I don’t understand whey Munro gave “The Bear Came Over the Mountain” to this story. The lyrics goes: The bear went over the mountain, / To see what he could see. / And all that he could see, / And all that he could see, / Was the other side of the mountain. Is Grant the bear? Did Grant see the other side of what?

2014年2月10日月曜日

シェクスピア作品寸評 Shakepeare

Shakespeare


Henry VI -1

Comedy of Error
ふた組の双子で、入れ替わり誤解する面白さ

Titus Andronicus
怨みで、子の肉を食わせる残酷さ。

The Taming of Shrew
じゃじゃ馬が淑女に驚く変身

The Two Gentlemen of Verona
友が最悪の敵

Love's Labour's Lost
装飾言葉? 嵌める方が嵌められる

Romeo and Juliet
五人死ぬ。反目する家柄の子同志が愛し、 手違いで死ぬ悲劇

Richard II
王の失墜と殺害される悲運の徹底的描写

A Midsummer Night's Dream

媚薬で180度恋する相手が変わってしまう可笑しさ 劇中劇?



King John

昨日の敵は今日の味方

保身のため事実をねじ曲げる。命を救った子が命を落す。王権争いの悲劇



The Merchant of Venice

ユダヤ人に対する偏見 友情 外見と中身


Much Ado about Nothing

嫌い同士が それぞれ好きらしいと吹き込まれ好きになってしまう



Julius Caesar

ブルータスの大義とキャシャスの私欲 アントニウス の演説



As You Like It

男装した女が好きな男を騙して恋の虜にする



The Twelfth Night

男装した女が主人の恋の使者になる。双子の兄と間違えられる。誤解の喜劇



Hamlet

ハムレット、叔父、母、オフィーリア、その父、レアチーズ全て死ぬ。結末に至る展開が見事。



The Merry Wives of Windsor

貞淑な女に言い寄るでぶ男を奸計で三回懲らしめる 夫のやき餅も滑稽



Troilus and Gressida

ヘレンを巡るトロイ戦争を背景にギリシャの王アガメグノン アキレース ユリシーズ登場 ヘクター 対ひきようなアキリース 裏切られたトロイラス対グレシア 毒舌家



All's Well That Ends Well

天才的プロット 夫バートラムに嫌われた妻へレナが知恵で夫から指輪を受け取り 自分の指輪を渡し 夫の子を宿す 名実共に夫婦となる

ペローレスの面の皮とバートラムの面の皮が共に剥がれる



Measure for Measure

娘を孕ませ死刑になる兄を助けようと公爵代理に助命を嘆願する。代理は、助ける代わりに彼女の体を求める。代理と婚約していて棄てられた女と入れ替わる。

最後の裁判が見もの。唸らせる結末。



Othello

イアーゴがオセロを嫉妬に駆り立てる策は抜群。言えば言うほど本音がオセロに刺さる。小道具(ハンカチ)をこれ以上生かした話を知らない。オセロが奈落に落ちる様も凄い。



King Lear

娘に財を譲るとひどい仕打ち

2014年1月25日土曜日

私刑の夏 五木寛之


エンタメ作品として、最初から最後まで読者をひきつける。その力は出だしの「どこかで銃声がした」と、次の「20分前よ」によって、読者は一体何が起こるのかという気になる。H市からトラック部隊で38度線まで逃げていくという設定も「無事に逃げおせるか」という不安を駆り立てる。 意外な結末もインパクトがあり、リンチが行われるシーンはなぜリンチかを読者に納得させている。 主人公結城の心理描写、星賀とスミルノフ大尉の人物描写もうまい。トラックで輸送されていくシーンの描写もビビッドだ。 敗戦後、満州からの引き上げ者の苦悩、悲惨さがわかる作品。

GIブルース 五木寛之

話のつくり方が上手い。読者を「それから、どうなるのか」と思わせ、一気に最後のページまで読ませる。 その仕掛けは出だしにある。すなわち「もしジェームスが現れなければ、どうなるか」――この一言で読者を釣っている。読者はジェームスが時間に間に合って現れるのだろうかと気になり、物語に引きずられていく。現れると今度は、「BBと上手く演奏できるか」という不安にさせておいて、最後に大尉を登場させ、読者をハラハラさせる。   どんでん返しもうまい。BBとの共演は「これが最初で最後になる」。すなわち前線に送られるという結末もインパクトがある。 北見の心理描写、黒川の人物描写、ジャズ演奏シーン描写もうまい。最後にジェームスの演奏を最高に褒め、戦線に送られる運命とのギャップのつくり方もうまい。 最後の場面で「そして、かすかに<去りし男>のテーマが響いてきた」の「去りし男」はうまい選曲名だ。ジェームスに引っ掛けてある。 回想シーンになることを丁寧に読者に知らしめているのも良い。 特に粗はない作品。原稿用紙約75枚、まとまった話が書けている。

2014年1月3日金曜日

湖畔

 全体的にひとつのスリラー風な作品となっている。最終ページで「黒木が谷底に落ちていったのを、花房はまだ知らなかった」というくだりは読者にショックを与え、読後感は悪いが、インパクトを与えている点ではうまい終わり方だ。

また、読者を最後まで引っ張っていく仕掛けがしてあり、読者はついつい最後まで読んでしまう。

しかし、その仕掛けの功罪は……

① 出だしの<……いつ死んでもいいな>という文句。読者はこのセリフにどきりとさせられ、なぜ死ぬのか、どう死ぬのかを知りたくなる。

② 娘の悠子が結婚したため気落ちしたことが書いてあるが、このことが自殺の原因ではない。それは本文中に「しかし、いつ死んでもいいな、と折りに触れては呟くようになったのは、必ずしも悠子が結婚したのが機縁ではない」と言っている。

ここで、読者は他に動機があるのかと思い次に読み進む。

③「戯れに、風がくれば消えてゆく砂の上の文字」という文句を読んで、読者はなんとなく死んでいく動機のようなものを嗅ぎ取るが、これは曖昧なセリフで、自殺の決定的な動機を述べているわけではないと知る。

④「長い戦争が終わった時、黒木は生きたい、生きなければならぬとも思わなかった」と書いてあるが、この思いも死ぬ動機にはなりえない。

 ⑤停年をむかえて振り返ってみると自分は「つまり中途半端だったということであろう」と言っているが、これも自殺の動機について語っているのではない。

⑥ゴンドラに観光客と一緒に乗っているとき黒木は<落ちてくれればいい。……>と言っているが、なぜ「落ちてくれればいい」のか読者はまだわからない。

⑦花房が「やはり精神的なショックに耐えかねて」とか「先生は御自分の死の場所を求めているのではないか」と言っているが、なぜ、どういう精神的ショックを受けたか、なぜ死の場所を求めているのかが分からないので読者はこのあたりでイライラしながら、さらに読み進むことになる。

⑧花房の話の終わり辺りに「先生は既に投身されてしまったのではないかという不安が」と言っているが、読者はここでさらに焦ってくる。黒木は本当に死ぬのだろうかと。しかし、なぜ死ぬのかの説明はまだない。

黒木は結局ゴンドラから身投げして死んでしまうが、作者は最後まで黒木が自殺するに至った動機を明確に読者に提示していない。これでは、読者をペテンにかけたようで、プロの作家がすることではない。もっとも、動機を曖昧にして最後まで明かさないという逆手法もあるというのなら話は別だが。私はこういう手法は卑怯だと思う。だいたい、ゴンドラには車掌が乗っているし、窓は誤って落ちないように厳重になっているので、黒木がゴンドラから落下したというのはリアリティーがない。

もう一点、作者の癖で、主人公にやたらと過去に体験した事柄を引用させながら話を展開させている。例えば。「学生の花房に、黒木は語ったことがある」と言って時間を過去に戻す。また「その戯れの文字の中で、書いたことがある」と言って以前に書いた文章を引用する。「束の間の幻影」でもこの手法が何回も出てきたが、鼻についた。

束の間の幻影

「束の間の幻影」というタイトルにこの短編が凝縮されている。すなわち、全ての場面が最後の文、「木原は濃い紫のセーターと並んで歩き出した」の伏線になっている。

伏線1.出だしのススキの風景描写は読者を幻影的世界にいざなう舞台になっている。

伏線2.宮間佳子は江里子自身で、沼崎は木原自身の投影になっている。死んだ江里子にもう一度会いたいという木原の思いが、佳子を沼崎に会わせたいという思いと重なっている。名前の「宮間」の「間(あいだ)」は佳子が江里子と木山の間(あいだ)を取り持つという意味を暗示している。佳子は「木原さんはいつからか、わたしの胸の中に「まぼろしのひと(すなわち江里子)」をつくりあげてしまった積りらしいわね」と木原の思いを代弁している。

伏線3.名誉教授K先生はイギリス詩人キイツと唐代の詩人李賀を比較研究しているが。キイツと李賀に共通する作風は幻想世界、不確かな世界である。キイツは「偉大な文学者たらしめるものは不確実なものや未解決なものを受容する能力だ」と言っている。また、李賀は「半ば幻想世界に生きた詩人で、幻想世界は現実よりも親しいものであった」らしい。(以上ウキペディアから)作者はキイツと李賀を登場させ、幻影世界の伏線としている。

伏線4.K先生が「夕方7時に来てくれ」と、7時に時間を指定しているのは幻影的な時間帯、すなわち秋の6時半頃で、本文の「光の淡い星が増えて……原には夕明かりがまだ漂っていた。D岳が早くも黒の色だ」という夕暮れどきを作者が設定したかったから。

伏線5.江里子が着ていたセーターの色は濃い紫で、木原はそのセーターを沼崎から受け取っている。ススキの原に迎えに来た女性も濃い紫のセーターを着ていた。

難点

① 単純な話(着ていたセーターが同じ色であったから、死んだ恋人と、迎えに来た女性とを混同した)をなぜこうも回りくどく、だらだらと書いているのかわからない。こういう回りくどい作品が日本の文学愛好家に受けるからかもしれないが、私の肌には合わなかった。

② 時間系列が分かりにくい。場面が何度も昔に戻ったり、現在に帰ったりしているから。例えば「8年前のことである」「木原自身も50を過ぎている」「十数年前のことになる」「遠い昔のことになったが」「ある秋の夕方」「10年もそんな状態が続いて」「こんなことを喋った記憶が木原にはある」「5年ぶりでお目にかかる」など。

③ ほとんどの登場人物の年齢がわからないのでイメージを浮かべにくい。