2010年3月27日土曜日

山崎豊子 「大地の子」

 フィクションとは言え、「大地の子」は著者の莫大なに取材に基づく物語で、中国残留孤児が中国で如何に過酷な生活を送らされてきたかが理解できる。残留孤児の養父母には、陸徳志のような心優しい人もいれば、あつ子の養父母のような鬼もいたのだ。今まで孤児は中国人に親切に育てられたのだと思っていたが、奴隷として「養育」されていたことを知り不明を恥じるばかりだ。残留孤児は小日本鬼子として軽蔑され、差別され、労改で酷使された。本当の残留孤児のことを思うと胸が痛くなる。戦争の悲劇だ。山崎はそういう孤児に焦点を当て、その悲哀を見事に浮き彫りにしている。  話の内容、構成、展開も見事だ。前半は陸一心を中心に展開していくため、コンフリクトがなく正直言って読み続けるのがつらかった。しかし後半、宝華製鋼所建設あたりから話は急展開する。陸一心の父(松本耕次)や妹のあつ子が登場してからはさらに読者を引き込む。読みどころは3つある。一つ目は、あつ子が死んだ直後に、父があつ子の家を訪れ陸一心(松本勝男)に会う場面。この場面は偶然過ぎるとはいえ、そこに至る必然性が伏線として十分敷かれていて、大きな感動を与える。山崎は山田洋次監督のように読者の泣き所を知っている。次に、日方と中方の宝華製鋼所建設に関する相互の主張がぶつかり合う場面。製鋼所建設に関して専門的な知識のない読者にも分かるように、相互の主張の激しい応酬を、会話をふんだんに使い、テレビドラマを見ているように描いている。3つ目は、陸一心が日本に帰るか中国に残るか決断する最後の場面。父子の初対面から三峡下りの場面まで、父と子の心情を見事に描いている。  「大地の子」は山崎の膨大な取材と資料に基づいている。巻末に掲げてある参考文献は120冊以上に及び、中国文化大革命、中国政治経済、満州開拓団と逃避行、残留孤児、人物評伝、製鋼関係等を網羅している。また、取材した組織は中国共産党中央委員会、新日本製鉄株式会社を始めとして80を超えている。匿名希望者や団体も含めれば相当の数になる。山崎は「不毛地帯」では340人以上を取材し、イラン、サウジアラビア、アメリカ、シベリアと実際に現地に取材に行っている。「大地の子」では中国各地を取材に訪れている。  今更ながら、山崎の超人的取材ぶりとプロット作り、情景、人間心理の描写の巧さに感服するばかりだ。 (「大地の子」は1987年5月号から1991年4月号まで文藝春秋の月刊誌「文藝春秋」に連載された)