2011年11月25日金曜日

「涙売り」 「パラソルチョコレート」 小川洋子

涙売り」
涙で楽器の音の質を上げるという発想、人体楽器という着眼点は秀でたところがあるが、なんとも気持ちの悪く、後味の悪い短編。読者に不快感を与える。
問題点。
1.恋人に自分の身体を犠牲にしてまで尽くすが、恋に陥るまでの過程が描かれていない。カスタネット人間のどのようなところにどのように惹かれて恋してしまったかが描写されていない。だから、こんなに尽くすのだという読者を納得させる力が欠けている。

2.読みやすく、情景をイメージができる筆力があるが、次の文はどう解釈していいかわからない。
「錆付いたトライアングルでも、深い洞窟の底から届いてくるような音を響かせる」
この文は文字がひとり歩きしている。トライアングルの最高に美しい音は澄み切った音のはずであるのに、深い洞窟の底から響く音は太い低音でしかない。
3.身体を痛めるときに涙が出るだろうか。

 「パラソルチョコレート」
面白くない。
1.いくらフィクションといっても、描いたフィクション世界には整合性というものがあるはずだ。この点から考がえると、表の世界に住む者と裏に住む者とは会わない取り決めになっている。であるのに、主人公の少女が家に帰ったとき、おじいさんに会うということはないはずである。作者自らが作った虚構の世界を自らが崩している。ダメ押しは、入院中の主人公を見舞いに訪れる場面、これも表と裏の取り決めを崩している。

2.入ってはいけない部屋に入って罰せられないのは読者としては予想を裏切られたようで、それならば始めから入ってはいけないというような読者に気を持たせる表現は避けるべきだ。

3.始めの部分で、「いつも黒い洋服を着ていた。黒いブラウスに……黒いパンタロン」これも読者に思わせぶりな文である。なぜ黒ずくめなのか最後までわからない。「いつも」とあるから喪服ではない。読者を引っ掛けておいて、そのままというのは生殺しの短編である。

4.シッターさんの裏の人物の描写が足りないので、シッターとのつながり方がわからない。チェスでつながっているのだろうか。これも生殺しだ。