2022年1月12日水曜日

いっぽん桜 山本一力

 口入れ屋井筒屋の頭取番頭を隠退させられた長兵衛が、魚問屋の木村屋の番頭になるが、魚売りの棒手振りの評判が良くない。というのは、長兵衛がすぐに「うち」ではこうしたんだ、と井筒屋のやり方を持ち出すからだ。ところが、水害のあった日、家が水に浸かって難儀しているところへ、木村屋の棒手振りたちに助けられる。木村屋の主人から、「イカはスルメになったんだ」と言われて考え方を変えたばかりのことであった。水の引いた後、井筒屋の手代が「頭取のお宅は無事でしたか」と声をかけるが、長兵衛は「うちの若い衆が助けに来てくれてね」と答える。ここで終わり。最後の一行が効いている。

長兵衛の心理をうまく描写している。特に新番頭に対するいらだち、千束屋から声をかけられたときの浮ついた気持ち、木村屋に下る情けなさなど。

思わぬ展開になるところがいい。落ちもいい。

2022年1月1日土曜日

少年と犬 馳星周

 久しぶりにほろりとさせられる本を読んだ。読者を感動させるものは何か。それは尊いもの、しかも感情移入してしまっているものが消える、または死ぬことである。

「少年と犬」では、多門という犬が、この作品の約300ページで、充分に読者を引き付け、感情移入させるのに成功している。最後の数ページで多門が第二の主人公、5歳ぐらいか、光を地震の災害から守って死ぬ。

光の言葉「あのね、あの時、ぼく、多門の声が聞こえたんだ。だいじょうぶだよ、光、僕はずっと光と一緒にいるからね、だから、なんにも心配することないんだよって」

読者は、ここでほろりとさせられる。

文章が平易で、改行がやたら多い。その分、空白が多く、読み易くしている。難しいこった表現は皆無。中学生でも充分に楽しめるだろう。

著者は、「少年と犬」を2017年に「オール読物」に載せている。

その他の犬の話「男と犬」「泥棒と犬」「夫婦と犬」「娼婦と犬」「老人と犬」は2018年から2020年にかけて書かれている。ということは、最終章「少年と犬」が、最初に書かれ、あとから、多門が日本各地で違う飼い主に飼われる話が書かれたのだ。

馳氏はそれまでの短篇を巧く一つの物語に仕上げた。

短編の寄せ集めであるので、どの短編も似たり寄ったりの話で、途中でマンネリ化しており、またか、という感があった。一本通ったダイナミックな展開がない。