2012年11月28日水曜日

寂野 澤田ふじ子

昭和51年
話の構想が素晴らしい。長兄の吉岡清十郎、次兄の伝太郎、甥の源次郎を殺した武蔵に思いを寄せたのうが、長野十郎から受けた仕打ちで強い女になり、偶然出会った武蔵に黒染めのけんぼうを贈るという構想。また黒染めを復活させるという意気込みが伝わってくる。佐々木小次郎との決闘で、武蔵の鉢巻が切れたが額にはかすり傷がなかったという終わり方も巧い。
主人公、のうの心理を刻々と読者に知らしめることにより読者を共感させている。

2012年11月26日月曜日

幻燈畫集 三浦哲郎

 私小説。三浦は兄弟姉妹を失踪とか入水とかで亡くしているが、それがそのままフィクション化している。「忍ぶ川」の私と同じ境遇でもある。  私の、それまでの悲しい、やるせない、重苦しい、言わば女々しい生き方が、最後の「剣道の道具一式」でガラリと雰囲気が変わる。なんとバランスのとれた、うまいエンディングなんだろう。

忍ぶ川 三浦哲郎

 落ち着いた文体。緩やかな無理のない展開。「うち! あたしの、うち!」という心に響くエンディング。どんでん返しも、意表を付く展開もなく順々に読者を話に巻き込んでいく力がある。志乃、志乃の父親、志乃の妹などの登場人物の性格描写もうまい。  すべてがトントン拍子で終わっていき、なんの凸凹もないのだが、後味の良い小説。

2012年11月6日火曜日

TO BUILD A FIRE Jack London

  No other story is so moving. Immediately after I read a few pages, I found myself identified with the protagonist.
  His battle against the freezing cold, more than fifty degrees below zero, is lost when he gives up and sits on the icy ground, his body frozen and numbed, knowing that he will soon die.
  The climax of the story is when the thawed snow on the branches of the tree falls on his cherished fire. He uses his heels of his hands to light the last matches and then the light fades away because he scatters it with his frozen fingers against his will.
   Each scene that is getting worse and worse is so well described that I felt as if I were watching a movie. Jack London is a master of story telling.
  What moves the reader most is the story that deals with impending death. In the last part of the story, I was asking, “Can he survive? Can he survive?”
     P.S.
     Jack London may have written this book to warn human beings who are foolish enough to be destroying nature. If it were not for fire, the only method that distinguishes man and animals, what would happen to them?

2012年11月5日月曜日

乳房 伊集院静

 平成3年  特に心理描写や情景描写が上手いわけでもなく、淡々とした語り口で話が展開する。癌を患っている妻に“隠れて”女を買い、自己嫌悪に陥い、最後の部分で全てが収斂される。  「タオルを受け取り洗面所で水道の蛇口をひねると、ふいに涙があふれてきた。自分に対する憤りと、見えない何者かへのどうしようもない怒りがこみ上げて」の感情の吐露で、読者は一気に「私」に感情移入する。  人間の生きるさみしさ、切なさ、温かさをうまく切り取った。

2012年11月3日土曜日

宵待草夜情 連城三紀彦 

昭和56年  鈴子が照代を“殺した”あたりから、話が急展開し、読んでいて息苦しくなった。さすが吉川英治文学新人賞と直木賞を取っただけの作家だ。鈴子と古宮の心理を巧みに描き、血と赤い花を色盲というトリックを伏線にして、ぐんぐん読者を引っ張っていき、最後に謎を解き明かすという恋愛推理小説。  情景描写も巧みで、文章一つ一つがよく練られている。作者独自の描き方をしていて、どこにも紋切り型の文句はない。 何気ない二人の出会いが、心中かと思わせるほどの迫力で迫ってくる。恐ろしい作品だ。  文字にこのような力があるとは。この力を最大限効果的に活用しなければ作家とは言えない。

2012年11月1日木曜日

頂 もりたなるお

昭和49年 現代小説新人賞

 頂という名前の幕下が、ゴッチャン(八百長)相撲を仕掛けるが、2勝5敗の散々の成績で相撲界から足を洗う。  ゴッチャンの資金稼ぎに年増の色狂い女(薄気味悪い半開きの目、巨大ロールパンの2段腹が餅のように波打つ、でかい口、豚)と寝る。一回2万5千円で17万5千円稼ぐが、対戦相手6人に一人2万円でゴッチャン相撲を持ちかけるが、おっとどっこい、思うようにはことは運ばない。7人目の病身の相手にも負けてしまう。
 7人の取り組み相手との交渉の仕方、取り組み、その後の心の動きが手に取るように描かれている。描写力が素晴らしい。長い文がなく、短い文を畳み掛けるようにして連ねている。
 幕下人生の負け組がさらに負けていく姿を、読者に八百長がうまくいくかどうかという一点でつってつって最後まで引きずり込んでいく手腕はさすが新人賞を取っただけあると思う。ゴッチャンがうまくいって10両になるという結末よりも、最悪の事態になる方が、読者の心を(哀しくも)打つ。