内容:
沖縄返還にあたり日米間で裏取引があった。それは米国が日本に支払うべき400万ドルを日本政府が米信託基金として一旦肩代わりし、その費用で表面的には米国が支払ったように見せかけるというものだ。当時の毎日新聞記者西山太吉氏はこの取引に関する外務省極秘文書のコピーを外務省審議官秘書から情を通じて取得し、野党議員に渡し、裏取引が国会ですっぱ抜かれた。西山氏の取材が違法かどうかについて最高裁まで争われ、西山被告は一審では無罪となるも最高裁では有罪と判決される。
合計21章あり、1章から12章までは事件の発端から最高裁判決までを扱い、13章からは判決後の弓成亮太(主人公)の15年に及ぶ沖縄生活を通して、如何に戦中・戦後沖縄が米軍基地の犠牲になっているかが克明かつ広範囲に具体例(土地闘争、少女暴行事件)を挙げて、描かれている。
感想:
山崎豊子は大正13年(1924年)生まれ。「運命の人」を完結した2010年には86歳。執筆中に入院をされている。社会派作家として、社会の暗部を鋭くえぐり出している。「不毛地帯」「二つの祖国」「大地の子」に続く大作である。
例によって、取材は人間業を超えている。取材協力者は西山氏を含む100名を超え、参考資料は、外務省機密漏洩事件(ジャーナリズム、政治・政治家、外交・外務省、検察・警察・裁判関係)と沖縄関連(歴史、戦史、返還、米軍基地、事件、土地闘争、反戦地主、沖縄文化)等約170冊にのぼる。この膨大な資料を読み、整理し、取捨選択し、小説に仕上げるのには並大抵の努力ではできない。「大地の子」執筆にあたり、山崎氏は実際氷点下のシベリア抑留地を訪れ、また「不毛地帯」ではサウジアラビアの炎天下の油田地帯に取材に行っている。このときはカメラのシャッターを早く押さないと焼け死にそうだったそうだ。このような膨大な裏付けがあるからこそ、山崎豊子の物語は真実味があり、読者に迫る。
文章も情景描写が簡潔、的確で無駄がない。特に自然の描写が美しく言葉が選ばれている。会話の部分の表し方に以前の作品と変化が見られる。以前なら、「弓成は皮肉を言うように『……』」と著わされていたが。本作では「『……』と弓成は皮肉を言った」と書き方を変えている。以前のほうが前もって話者の心理と話し方を予告しているから読者に話者の声が聞こえ、その分読者をを引きつけると思った。
話の構成も多重になっている。弓成の視点から捉えた弓成の心情描写のみならず秘書、妻(由里子)の視点に立った心情描写もある。それらを絡み合わせ、弓成と妻、秘書、弁護士、子供、沖縄の人達との関係を描かれている。
判決に関して:
昨年来多くの国々の膨大な極秘情報を公にしたウキリ―クスが世界を震撼させているが、西山氏の行為が今の時代になされていれば、問題にならなかっただろう。
そもそも新聞記者は外務省が言う極秘事項を取材して報道し、それが国家の安泰を危うくすることはないのだろうか。沖縄返還も、交渉経過中に裏取引が暴露されていれば、まとまらなかったかも知れない。だからこそ一審では無罪、最高裁では有罪となったのだ。どちらが正しいとは言えないのではないか。
最後に:
ご高齢の為、おそらくこの作品が最後の大作になると思うが、相変わらずの取材力と筆力に脱帽するばかりだ