猫一匹を題材にしてこんなに長い小説を書くことができるのか。猫を可愛がる庄造と、庄造の先妻と後妻と、庄造の母親を巻き込んでの罵り合い、嫉妬、憎しみ、悔悟のドラマが延々と続く。庄造がいかに猫を可愛がっているかが、事細かに描かれている。くどいくらい。庄造が後妻を恐れながらも、猫に会いたさで、先妻の家に行く。彼の心情が手に取るように描かれている。小説家はこれぐらい細かく心理を描くべきなのか。しかし、当の本人(本猫)は庄造の気持ちは全然わかっていなくて、悠然としている点が面白い。
2025年1月26日日曜日
2025年1月19日日曜日
The Egg by Sanae Lemoine published 2024
The story begins: “The school gave us the eggs at the end of autumn. … One for each student.”
The
beginning of the story is good for it hooks the reader to want to read more, curious
to know what will happen to the eggs.
However,
the story does not develop. It has no plot, but is just a collection of the protagonist’s
diary day after day.
In
the end, her mother, ill in bed and weak, eats the yolk of the egg which is accidentally
broken.
The students allow their imaginations about the eggs run wild, but finally her egg was eaten. Big imagination and too simple an end.
The
story is a combination of imagination and practicality.
2024年12月20日金曜日
永平寺風雲録 中嶋繁雄
大垣市船町にある全昌寺を訪れた時、たまたま御住職に会い、その後、手紙で紹介された本。
大垣藩城代家老・小原鉄心が佐幕か倒幕か迷った時、助言を与えた禅僧・鴻雪爪(おおとりせっそう)を主人公にした歴史小説。
詠み辛かった。
①雪爪が主人公であるのに、歴史の教科書のような著述をしている。
②話が逆戻りして数年前とか数カ月前に遡り、話が混乱する。
③新しい登場人物が出ると、その紹介が綿々と続く。話の流れがどこかに吹っ飛ぶ。
助言を与える場面の文章が分かりにくい。「月落ちて天を離れず」と雪爪は禅問答のような事を言うが、何故この言葉を聞いて鉄心が倒幕側になったかの説明が分かりにくい。著者は「たおれんとする古きもの(幕府)に恋々とするなかれ」と書いているが「天を離れ離れず」の部分が脱落している。
2024年12月8日日曜日
海風 今野敏
駄作だ。作幕末の尊王攘夷で荒れる日本の行く末を案じる青年、永井尚志の話。幕末の話であるのに全然、雰囲気が出ていない。登場人物の台詞が令和言葉になっている。違和感を覚えた。例えば、以下のような場面がある。これは酷い。
「誰かおるのか?」
影が障子に映ったのだろう。
永井は慌てて膝をついてこたえた。①
「目付、永井岩之丞にございます」
「あ、永井? 入ってよ」②
どうやら阿部伊勢守らしい。
永井は戸惑った。③
「しかし、私は御用部屋には……」④
「ああ、気にしなくていい。誰もいないから」⑤
そういう問題だろうか。永井はどうしていいかわからない。
① こたえるは「答える」と漢字にすべき ②入ってよ。が女性っぽくて気持ち悪い。③戸惑うは明治時代の造語 ④いないは「おらぬ」に ④私は江戸時代は女性の一人称 ⑤いないを、「おらぬ」に
以上の如く、全てのページで台詞の時代考証をしていない。読む気になれない。
また、永井に岩瀬や堀から手紙が来るが、これは章立てを変えて堀や岩瀬を主人公にすべき.伝聞の伝聞では話にならぬ。勝海舟についても、貶すだけの展開で、勝の台詞が一言もない。
井伊直弼が暗殺される前で終わっているが、ここまで書くなら暗殺の件も書いて終るべき。
とにかく、時代小説の重みがない、ティーン向け小説のようだ。情景描写がほどんどない。
2024年11月4日月曜日
2024年11月3日日曜日
公方様の通り抜け 西山ガラシャ
軽い気持ちで読める長編。先日、第一章を、本日、残りを全部読んだ。江戸の尾張藩の下屋敷の外山壮に公方様(徳川家斉)が休憩に来るため、主人公の庭師甚平が大活躍する。屋敷奉行の弾蔵は気を揉む小心者で、甚平との対比が面白い。
外山壮を愉快な公園に仕上げるため、作者はいろいろ考えだすが、言って見れば子供騙しのような話。滝の水量が変わる仕組み、お化け屋敷で鬼が現れる。岩戸の扉が自動で開く、小田原に似せた町屋敷など、エンタメ庭園である。
滝のところで大きな仕掛けがあるかと思ったが、何もなく巧く滝が落下した。家斉は愉快に思ったらしいが、その思いが読者に伝わらない。一番の山が、山になっていない。最後の場面で亡霊や狐が出るのは話を混乱させるだけ。著者は読者サービスのつもりで付加えたか。呑助の権之助も死んでしまう。どのように滝の水が落ちるか分からなかっかった。
最後に噴水の話で、今後の展開を仄めかせている処は良かった。
江戸時代に使われていない言葉、歴史考証をしていない言葉が一杯あった。どれも明治の頃の造語であるのに:
寂寥感 現在地、危機一髪、実物大、却下、設計図、根本的、脳裏、展開、認識など。
話が現代語で書かれているので江戸時代の雰囲気が出ていない。わかさぎ先生の指導を受けているのだろうか。
黒牢城 米澤穂信
時代物で推理小説仕上げ。五編の短編がそれぞれ独立した推理小説で、どれも牢に入っている黒田官兵衛が謎を解くヒントを城主荒木村重に知らしめる。
第一章 雪夜行燈の、からくりはどこか別の小説で読んだ気がする。庭に行燈があり、それが使われたのではないかと予想し、それが当たったからである。
第二章は犯人が村重であったとは読者をたばかっておる。
第三章は巧く読者を最後まで引っ張っていく。
四章は途中までしか読んでいない。
終章では最後の最後に官兵衛の10カ月にわたる奸計の秘密が解き明かされ、死んだと思っていた松壽丸(後の長政)に会う場面はこの小説のどんでん返しだ。
作家は現代ものを多数書いているが、時代物はこれが初めてかと思われる。それにしても時代背景や、言葉遣いが武士らしく、現代ものの匂いが全くしない。何処で時代物の書き方を身に着けたのであろう