2025年11月6日木曜日

二本の櫻 冨田元文

言い争い、ばかりしている話。面白くない。読んでいて厭きが来る。駄作だ。

剛志と清志の諍い。と剛志と多美子の諍い。剛志と意思の疎通がなさそうな息子の悟。清志と桂子の言い争い。

読んでいて主人公が誰だか分からなくなる。同じ段落で、A視点で書いているのが、B視点に替る。これが、どのページにもあり、登場人物の誰かに感情移入ができない。

「木の声が聞こえる」「豊橋が見える」の場面がやや良かった。しかし、人にお勧めはできない。

一つのテーマに沿って、話が展開していかない。山場がない。桜を移植する職人気質とか、剛志の生き方の変化とか、兄弟愛とか、そういう一本芯が通ったものがない。

文化庁芸術作品賞と向田邦子賞受賞が信じられない。

恐らく、脚本を小説化したからかと思う。脚本で読むと違うかも。

2025年10月31日金曜日

櫻守 水上勉

 主人公・北弥吉と、桜の師匠・竹部との櫻に関わる麗しい物語。

 竹部も弟子の弥吉も如何に桜を愛していたかが克明に描いてある。桜のことなら、苗圃から移植から接木から、何から何まで作家は調べ尽くして執筆した労力が執筆で花開いていている。水上は荘川まで四季に行って取材したとか。

前半は桜の解説本と言っていいくらい、桜の生態、桜が痛めつけられている悲しさ、悔しさが描かれている。くどいくらい。特に竹部が私財をはたいて作った広大な桜園を、道路公団が買い取る場面は痛ましい。

中半から御母衣ダムで沈む樹齢四百年もの古桜を二本、二百m上の堤に移植する話。世間や学者から「できっこない」と批判されていたが、竹部は電源会社会長の芹崎哲之介の懇願で移植を引受ける。豊橋の丹羽庭師を頼み、移植させる。冬を越して春になると、芽が出て花を咲かせる。作者は、ここでもっと盛り上がらせるように描かずに、成功を淡々と描いているのみ。拍子抜け。

後半は、弥吉の息子と妻・園との話。息子が桜職人に成りたがらないが、膵臓癌で弥吉は死ぬ。遺言で桜の巨木が映えている共同墓地に埋めてくれと言い、竹部や住職の好意で埋められる。小雨であったが、埋め終わった頃には空が晴れて来る。

とてもいい話だ。竹部の言葉に感動した。

「人間は何も残さんで死ぬようにみえても、じつは一つだけ残すもんがあります。それは徳ですな……。(略)村の人らも、わしらも、北さんの徳を抱いておるからこそやおへんか。これは大事なこっとすわ」

『櫻守』を読んだきっかけは、英語の短編 Village 113Anthony Doerr著を読んだからだ。短編は中国の長江に巨大ダムを造るため多くの村が水没する話である。ある村に住む種を収集している(seed keeper)老婆とその友の老人の物語である。水没していく村を寂しく思う気持ちが伝わり感動した。そこで、これを日本に移し替えた話を書こうと思った。徳山ダムとか御母衣ダムが思いつき、御母衣ダムに水没する桜を扱った『櫻守』を読んだ。

Chatで、あらすじを訊いたら、桜は移植されずそのまま湖底に沈むとあった。しかし、これは間違いで、竹部はちゃんと移植している。Chat GPTは飛んだ間違いをしでかすから、当てにならぬ。

2025年10月21日火曜日

Village 113 Anthony Doerr, published 2011

 This is a sad story. Those who had to leave their hometown because of the construction of a huge dam must have felt lonely, sad, and heartbreaking pain in their hearts. Even having to leave your hometown for just a few years makes you unhappy, it is countless times sad if your town is underwater and disappears forever. 

The seed keeper woman, at the end of the story, seems to suffer from Alzheimer's disease, forgetting things in the past. That may be a way of happy ending.   

The novel is so full of poetical sentences and metaphores that it was difficut to understand it well. However, gradually, toward the end of the story, I began to appreciate his style. 

The write, Anthony Doerr is a Pulitzer Prize-winning author.

 Has he visited the dam construction site in China to collect the material for the story?

It would be interesting to describe in a novel how people in Tokuyama felt when the Tokuyama Dam was constructed. They moved the cherry trees to the top bank of the dam from their village to appreciate the beauty of the cherry blossoms they enjoyed while the village was not underwater.

2025年10月20日月曜日

光秀の定理 レンマ  垣根涼介

クイズを解くような展開の小説。愚息と言う坊主が大道で四つのお椀にサイコロを入れ、客にどの椀にサイコロが入っているか当てさせる賭けをやっている。客が一つの椀に決めると、坊主は他の二つの空の椀を開け、残り二つのうち、どれかを当てさせる。どちらかにサイコロが入っているから、確率から言えば五分五分であるが、何度も賭けをやっていく内に、坊主のほうが有利になって行く。摩訶不思議なクイズであるが、この話が延々と400ページある小説の半分ぐらいを締めている。詰まらん小説だと思っていたが、後半は引き込まれた。

光秀が信長に命ぜられてある城を落とす場合落とす道は四つあり、どれを選ぶかで、愚息の指示に従って城を落とす。タイトルと明智が結びつく。調べると、これはアメリカのクイズ番組“Let’s Make a Deal”の司会者名を取ってMonty Problemと言う。この場合は、扉が三つで、当たりは車、外れは山羊らしい。

著者はこのMonty Problemを400ページ余もの小説に仕上げた。着想から壮大な小説を生み出した技に感服。最後の章では、なぜ明智が信長を討ったかについての愚息の意見が述べられる。普通のミステリーとは大違い。

 私はMonty Problemが分かるようで分からない。 レンマとは補助定理らしい。

In mathematics, a lemma is a helper theorem—a smaller proposition used to prove a bigger one. It’s like a stepping stone across a river, helping you reach the main proof.

2025年9月17日水曜日

商う商人 江戸商人・杉本茂十郎  永井紗耶子

 「木挽町の仇討ち」が、読み応えのある小説であったため、同じ作家の「商う商人・杉本茂十郎」を読んだ。これも良くできた小説である。

江戸の商人の問屋仲間と株仲買人と菱垣廻船を統括し、江戸の町民のため尽力した杉本茂十郎の物語である。

「毛充狼(もうじゅうろう)の渾名を持つ茂十郎がいかに気風がよく、度胸が据わっており、大物商人であるかを読者に巧みに伝えている。シャーロックホームズのワトソン宜しく、茂十郎の人となりを、堤弥三郎が語り手となり、その活躍ぶりを微細に語って行く。

茂十郎が死んで20年後に老中水野忠邦に語るという手法を上手く用いている。

永井さんの小説は無駄がなく、どの文章も無理なく読んで行ける。展開も無理がかない。頭に入りやすくしてある。作家はこういう文を書かなければいけない。

巻末に参考文献として25冊ほどの文献リストがある。そこからこのような作品を生み出す手腕は大したものだ。

2025年8月11日月曜日

木挽町のあだ討ち 永井紗耶子

 話の造りが上手い。結末を先に考え、後から前の章立てを考えたよう。五章それぞれの語り口が、その人物になり切って、流れるように喋る。文章が上手い。次が読みたくなる。終章で、総一郎が登場するが、面食らった。

偽物の首を本物と入れ替えるが、早々と察しがついた。その通りの結末になっていた。

女性作家であるからか、水も漏らさぬように、全ての漏れ口を塞ぐように話を展開させている。執筆中、ありとあらゆる可能性を考え、対策を文字にしたのだろう。

偽の首が小説のように上手く入れ替わるか、見破られないか、と思ったが、著者は用意周到に丁寧に穴を塞いでいた。あそこまで書かれれば、まあOKという事だろう。

話しの構成、落ち、我天下一品。推理小説でもない、読者を嵌めこむのに長けた小説。上手くできていた。小道具や、殺陣師、瓦版屋など、それぞれの職業を上手く使った。木挽きとは首を切り取ることに掛けて題名にしたか。

2025年7月31日木曜日

天涯の海    車浮代

 半田市のミツカン酢がどのように創業されたかが、史実を元にフィクションを交えて書かれている。

著者は膨大な史料を元に月刊誌「パンプキン」に二年間にわたり連載した小説である。

中野又左衛門三代を章ごとに纏めて描いた。酒粕から酢を独立させ、江戸で販路を広げ、次第に繁盛していく様子が描かれている。史料を相当読み込んだと思われる。

家系の繋がりが、ややこしくて、そちらに重点が置かれている場面も多、退屈で退屈であった。むしろ、そこは簡略にして、如何に酢を売れるようにしたかを書いて欲しかった。書いてはあるのだが、説明が多く、目に見える描写が少ないページが多かった。Don't talk but show.

荒筋で話が進んで行くのが多かった。しかし、描写を詳しく描くと、ページが多くなり、妥協するしかないか。

世代が変わってもなお今日まで続く基礎を作った創業者たちの苦労が分かった。

私の実家、大垣の味噌溜屋「小橋口清水屋」で、ミツカン酢を売っていた。こんな歴史があるとは知らなかった。

早亭北寿(北斎の門人)の弁財船の表紙がいい。