2020年6月28日日曜日

腹中の敵 松本清張

 丹羽長秀は信長の重臣であったが、新鋭の新鋭の羽柴秀吉が破格の出世街道を驀進していくにつれ、自分が追いつかれ、追い抜かれることを恐れながらも、秀吉の口のうまさに載せられ、虚栄と善人ぶりにより、思っていることと裏腹な行動をとってしまう自分自身に嫌悪を感ずる。
特に信長の跡目を誰にするかの瀬戸際で、長秀は心にないことを言ってしまい後悔するがどうしようもない。秀吉の天下になってからも不満が募り、切腹する。腹から出てきた黒い塊を秀吉とみなし、切り刻む。
一貫して、長秀の心の動きを克明に描き出しており、感情移入した。小説は主人公の心の葛藤を描き出すことにより、読者をひきつけることができる。

2020年6月26日金曜日

柘榴坂の仇討 浅田次郎


 井伊直弼の暗殺を素材にした短編。巧くできている。
明治の世になり、敵討ちはご法度となった時代に、直弼の駕籠かき役であった志村金吾が、今では車屋になった水戸の浪士、佐橋十兵衛と会い、殿の敵討ちをするかに見える場面を描く。
以下、うまくできている点いくつか。

1.佐橋が直弼の直の一字を取って、「直吉」に名前を改めていること
2.脇差で決闘をしようとしたこと
3.金吾の敵討ちをせんとする心情
4.共に相手の心が分かり、水に流すこと
5.直弼が「命を懸ける者の命を粗末にしてはならぬ」と言う言葉を守ること

牽引力があり、最後はどうなるかと思わせる筆致である。
秀逸。
歴史的重大事件の陰に翳って見えなくなっている人物にスポットライトを当てて見事に生々しく描いた。

2020年6月25日木曜日

「光秀の友 吉田兼和」 山口昌志


神官兼和が明智光秀と昵懇になり、信長を討つ陰謀に加わり、信長を倒した後、己の神官の位を上げるため、ますます光秀に取り入る。しかし、秀吉が中国から取って返すと、光秀との関係を消そうとするが、日記を指摘され、万事窮すとき、信長の刀を光秀の形見をして、弟が届ける。この刀を秀吉に贈り、度量の大きい秀吉に許される。
話が、うまくできている。特に絶体絶命の時に伏線として貼ってあった刀が最高の小道具として生かされる手法はうまい。
時代物だが、明治時代以降の言葉使いが多くて、これでもいいのかと思った。回顧場面もあったが、これでもいいのだろう。「昵懇」「友情」などの言葉。風呂に入るという文言が5回ぐらい出てくるが、これはくどい。何事か風呂で起こるのかと読者は思ってしまう。時代物らしい人物の言葉使いが良い。
「兼見卿記」を原本にしているよう。見比べてみたい。