2025年10月31日金曜日

櫻守 水上勉

 主人公・北弥吉と、桜の師匠・竹部との櫻に関わる麗しい物語。

 竹部も弟子の弥吉も如何に桜を愛していたかが克明に描いてある。桜のことなら、苗圃から移植から接木から、何から何まで作家は調べ尽くして執筆した労力が執筆で花開いていている。水上は荘川まで四季に行って取材したとか。

前半は桜の解説本と言っていいくらい、桜の生態、桜が痛めつけられている悲しさ、悔しさが描かれている。くどいくらい。特に竹部が私財をはたいて作った広大な桜園を、道路公団が買い取る場面は痛ましい。

中半から御母衣ダムで沈む樹齢四百年もの古桜を二本、二百m上の堤に移植する話。世間や学者から「できっこない」と批判されていたが、竹部は電源会社会長の芹崎哲之介の懇願で移植を引受ける。豊橋の丹羽庭師を頼み、移植させる。冬を越して春になると、芽が出て花を咲かせる。作者は、ここでもっと盛り上がらせるように描かずに、成功を淡々と描いているのみ。拍子抜け。

後半は、弥吉の息子と妻・園との話。息子が桜職人に成りたがらないが、膵臓癌で弥吉は死ぬ。遺言で桜の巨木が映えている共同墓地に埋めてくれと言い、竹部や住職の好意で埋められる。小雨であったが、埋め終わった頃には空が晴れて来る。

とてもいい話だ。竹部の言葉に感動した。

「人間は何も残さんで死ぬようにみえても、じつは一つだけ残すもんがあります。それは徳ですな……。(略)村の人らも、わしらも、北さんの徳を抱いておるからこそやおへんか。これは大事なこっとすわ」

『櫻守』を読んだきっかけは、英語の短編 Village 113Anthony Doerr著を読んだからだ。短編は中国の長江に巨大ダムを造るため多くの村が水没する話である。ある村に住む種を収集している(seed keeper)老婆とその友の老人の物語である。水没していく村を寂しく思う気持ちが伝わり感動した。そこで、これを日本に移し替えた話を書こうと思った。徳山ダムとか御母衣ダムが思いつき、御母衣ダムに水没する桜を扱った『櫻守』を読んだ。

Chatで、あらすじを訊いたら、桜は移植されずそのまま湖底に沈むとあった。しかし、これは間違いで、竹部はちゃんと移植している。Chat GPTは飛んだ間違いをしでかすから、当てにならぬ。

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