2012年7月22日日曜日

影向(ようごう) 上田三四二

 老人が電車の中で観察しているスカーフの女は、幸せにすることができなかった十志子を思い出させて、回想にふけっていると、女の隣の席が空き、そこに座ると女の肌が自分の身体に接触し「恵み」の世界に入っていく。電車から降りて、遠ざかって行く電車の中にはスカーフの女がいなかった。
 老人の心理状態と、老人が見ている現実世界を文字に写し取る描写力は舌を巻く。映画を見ていてもあのようにぞくぞくするほどの感覚は無いだろう。 スカーフの女は観音菩薩か、色々伏線がある。タイトルの影向(ようごう)、袖無のブラウス(弥勒菩薩)、藍の渦巻き(天女が紫雲を舞う)、金の鎖(仏の首の細い数珠)、崖っぷちに身を置く老人(死期)、霊園の宣伝、西方に向かう電車(天竺)、奈落の階段等。

上田 三四二(うえだ みよじ、1923年(大正12年)- 1989年(平成元年)は、日本の歌人(アララギ派=写実的、生活密着的歌風を特徴とし、近代的人間の深層心理に迫り、知性的で分析的な解釈をした)小説家、文芸評論家。ウキペディア

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