2014年11月26日水曜日

MOTHERLODE by Thomas McGuane

David, an ordinary preg-tester, is involved in a drug-related crime. He had a chance to avoid it, but his desire to get money prevented him from doing so. After he carried the stuff, he returns to Ray and Morsel but finds them dead. And [ALERT ENDING DISCLOSURE] David was shot to death when he [bent to insert the key] and [the lid rose to reveal the contents of the trunk. The story is filled with so many filthy slangs that non-native speakers of English like me find it difficult to read it. First I did not understand the last sentence: David didn’t feel a thing. The ending of this story is shocking. Another story that shocks you in the end is "An Occurrence at Owl Creek Bridge” written by Ambrose Bierce.

2014年11月20日木曜日

レテーロ・エン・ラ・カーヴォ 橋本五郎

恋文の文面は思わずドキドキするほど実感が伝わってきて、男性作家であるのに、乙女の恋心を見事に描いている。また、第6信で読者をあっと言わせるどんでん返しは見事。

ただ、第6信の最後の部分は何度読んでも理解できない。

引っかかった点。

1.なぜこの手紙を書いた「善き友人」たちはこのような回りくどい方法でS君が「有為な青年を物色している女」の犠牲になることを止めようとしたのか。なぜ彼らはS君に直接会ってそう言わないのか。じれったい。

2.S君が「安住すべき地」はM子様なのか、よくわからない。

3.タイトルについて。なぜこのようなフランス語まがいのタイトルにしたのか。「穴の中の手紙」(英語でLetters in the Cave)では品が落ちるのか。このタイトルが分かる人は少ないのに、あえてこのタイトルをつけたのは奇をてらったのか。

橋本五郎の紹介文で、江戸川乱歩が「作品の着想や組立よりも情味と文章とに優れている」と書いているが、同感。

屋根裏の散歩者 江戸川乱歩


よくできた推理小説。三郎が遠藤を殺害するに至る過程は手に取るように無理なく描かれている。伏線の張り方、殺害状況、心理描写も巧み。明智小五郎の推理、ボタンの使い方、天井から逆に三郎を観察するという手法も見事。

引っかかるところ。

. 三郎が犯行に至るまでは細かく書かれているのに、明智の謎解きは余りにもはしょっていて、丁寧ではない。

2.明智は、どのようにして犯人の通路が天井だとわかったのかが説明不足。

3.下宿人は三郎の他に何人もいるのに、なぜ明智は三郎が犯人だとわかったのか。三郎が煙草をやめたことと、毒薬が煙草入れに流れていたことの関連で、犯人が三郎だとわかるのだろうか。

4.明智が「君のいわゆる『屋根裏の散歩』によって、下宿人の様子を探ることにした」と言っているが、明智はどのようにして『屋根裏の散歩』という表現を知ったのか。三郎は明智に「屋根裏を散歩している」と言ってはいないはずだが。

5.三郎が煙草をやめたのは「毒がこぼれたことまでちゃんと見ていた」ことが心理的に三郎を煙草嫌いにさせたと書いてあるが、そんな深層心理があるのだろうか。それこそ煙に巻かれたみたい。

江戸川乱歩は私の好きな小説家だ。以前、『押絵と旅する男』を読んだが、びっくりするほど見事な短編小説で感服した。美辞麗句を並べない、凝った文ではなく、素直な分かりやすい文体で書かれている。江戸川乱歩の文体を手本にしようと思っている。

2014年11月1日土曜日

杜子春 芥川龍之介


芥川龍之介の「杜子春」を読んだ。少年時代に読んだことがあるが、その時に鉄冠子の言っていることは矛盾していると思った。今回改めて読んで、その思いを強くした。

そもそも鉄冠子の意図が不可解である。鉄冠子は杜子春に「何が起こっても黙っていれば、お前を仙人にしてやろう」と言う。杜子春は瞑想して座っていると恐ろしい獣や悪魔や戦士が彼を殺そうとする。しかし杜子春は一言も口を利かない。ついには、地獄の鬼が杜子春の親を拷問にかける。たまりかねて杜子春は「おっかさん!」と叫ぶ。同時に彼は現実世界に戻ってしまう。鉄冠子は杜子春に「もしあの時、叫んでいなかったら、お前を殺していただろう」と言う。

鉄冠子は誠意がないではないか。もともと杜子春を仙人にするつもりはなかったのだ。もし杜子春が口を利いたら、仙人になれないし、黙っていたら殺されるのだ。黙っていようが、口をきこうが、どちらにしても仙人になれないのだ。ペテンではないか。鉄冠子は許せない。

芥川はこの話を唐の時代の「杜子春伝」を基にして書いている。原本の最後で杜子春は絶世の美女になり、子供を産む。子供が彼女(杜子春)の前で切り刻まれるのを見て、彼女は「やめて!」と叫ぶ。このため杜子春は仙人になれないし、道士も仙人になることはできない。

芥川は親孝行を重視するあまり、原本を無理に捻じ曲げて改悪している。芥川の「杜子春」は全然面白くない。