岡本綺堂の想像力の逞しさに脱帽。出だしの兼好法師を訪う小坂部姫の遣取りといい、高師直の娘と兼好が言葉を交わす場面といい実に面白い。暗黒の世界の使者の男の謎が読者を引き込んで行く。謎の男の妖術が次つぎと戦乱の世を作出し、応仁の乱の混乱も謎の男が引起こしたかのように話は展開する。歴史的事実を後から作者は巧く利用している。秀吉が二代と続かないのも小坂部姫の呪いとして使っている。最後の場面で秀吉と姫の遣取りも面白い。徳川家康が姫路城天守閣を粗末にするな、の教えに従ったため260年の安寧が続いた下りも妙に納得させるようなところがある。純真な小坂部姫が悪の大権現になる点も面白い。エンタメ度90点。
2023年6月11日日曜日
2023年5月19日金曜日
籠釣瓶(かごつるべ)岡本綺堂
明治5年生まれの作家。三人の登場人物(次郎左衛門、八橋、栄之丞)それぞれの心理描写を克明に描写している、神視点の作品。お大尽の次郎左衛門は千両の大金を吉原の八橋に注ぎこみ、無一文になる。八橋は栄之丞と深い中であり、三角関係。無一文になった次郎左衛門は八橋を切って切腹しようとする。心理描写が微細でくどいくらいに描かれている。次郎左衛門も栄之丞もあれこれ迷う質で、優柔不断でのらりくらりとつかみどころがない。八橋を殺そうと企てる辺りから、俄然面白くなり、一気に最後まで読んだ。
江戸時代の事柄が分かるし、吉原のことも分かる。花魁言葉も巧みに使っている。
2023年5月12日金曜日
On the Divide by Willa Cather
Cather's description is so vivid and minute that you can visualize each scene. The development of the story follows the authodox way of story telling. That is, let the protagonist, Canute, faces as much hardships as possible: He is a barbarian, his manner wild, his shanty weird with snaky decorations on the entrance door and on the window sills ; while Lena Yensen ditests him very much. She says, "And [Canute's] hair that ain't been cut since he was a baby, and a big dirty beard, and he wears overalls on Sundys, and drinks like a pig. Besides he will keep."
At the end of the story, however, he succeessfully gets married with Lena, by force. He abducts Lena and forces the priest to marry them.
Overall, the worse the hindrance, the better the ending.
2023年4月30日日曜日
アサッテの人 諏訪哲史
芥川賞を取った小説ということで、読み始めたが、生理的に受け付けない。話が多方面からの視点で語られ、作者があちこち顔を出す。主人公の叔父が突飛もない言葉、ボンパを発する。叔父の吃音が急に治ったり、エレベーターの中を見るカメラを通して中の人物のありのままの姿を描くなど、叔父の日記からの引用が続き、話が飛び飛びで、分かりにくい。
作者は國學院大學哲学科卒業で、哲学が専門。その専門知識と視点を色々変える手法に、作家の声を挿し挟むという”斬新な”ことを考えて描き上げたか。全然面白くない。
時間の無駄で、読むのを途中で止めた。もっと読むべき価値のある作品が一杯ある。芥川賞選考委員の石原慎太郎、池澤夏樹、宮本輝の三氏は「アサッテの人」に授与することに積極的に反対していて安心した。芥川賞受賞作が必ずしもいい作品とは限らない。
2023年4月24日月曜日
Her Lover by Maxim Gorky
The story is humorous but in the end it reveals the loneliness of a human being. The protagonist Teresa, a giant muscular vigour, is a lonely girl. So she creates an imaginary friends and tries to communicate with them by writing letters and receiving replies. Since she cannot write letters she asks a man to write letters for her. The man finally understands her situation:
"I understood at last. And I felt so sick, so miserable, so ashamed, somehow. Alongside of me, not three yards away, lived a human creature who had nobody in the world to treat her kindly, affectionately, and this human being had invented a friend for herself!"
At the end of the story Gorky explains what he wanted to say in it. The ending part should be ommitted. He should believe in the reading ability of the readers.
2023年4月21日金曜日
イワン・イリイチの死 トルストイ
黒澤明監督の『生きる』は『イワン・イリイチの死』をヒントにして製作されたと知り、さっそく読んだ。
しかし、話の展開が全く違う。『生きる』は主人公が癌による死を宣告され、余す期間を人のために使う話である。しかし、『イワン・イリイチの死』は、主人公(上級弁護士)が無難で、品のある、上流階級の生活を送るが、新築の部屋の模様替えを行っていて、腰を打ち、それが元で、体がむしばまれて行く。死が次第に近づき、生きた屍になる。いつ残された時間を人のために使うかと思いながら読んだが、最後まで死と向き合う自分の情けなさを描いて死ぬ。自分のことを誰も分かってくれない。家族、弁護士仲間、妻、娘の嘘の言葉、世の中の欺瞞、神への恨み、治らない病の苦しみが綿々と綴られる。ここには救いはない。
死ぬ間際に「妻や子がかわいそうだ。彼らがつらい目にあわないようにしてやらなくては。彼らをこの苦しみから救えば、自分も苦しみをまぬがれる。『なんと良いことなんだろう、そしてなんと簡単なことだろう』彼は思った」と、悟りを開くが遅かった。
トルストイは死に直面する人間の救いようのない苦しみを克明に描いた。
心理小説と言っても良い。
2023年3月19日日曜日
吉村昭著『大黒屋光太夫』
いまだかってこんなに感情移入をした本はなかった。吉村昭著『大黒屋光太夫』(毎日新聞社)である。
主人公・大黒屋とロシアに置き去りになった庄藏。二人の心の裡がまるで我がことのように胸にこみあげる。
「光太夫は、舳先の近くに小市、磯吉と無言で立って前方を見つめていた。その海の彼方には日本があり、そこに向かっているのが夢のようであった。故郷の白子浦を出航したのは十年前で、それからの歳月のことが胸によみがえる。漂流しロシア領に漂着後、苦難に堪えながら生きてきたが、その間に12名が死亡した。さらに洗礼を受けた庄藏、新蔵はロシアの地にとどまり、現在三名のみが日本に向かう船に乗っている。別れに際して庄藏は泣き叫びながら追ってきて、新蔵も最後の別れの折には磯吉にしがみついて泣いたという」同書下巻157ページ。
庄藏は凍傷で足を切断し、義足であった。光太夫、小市、磯吉がロシアのエカテリーナ皇帝に帰国を許可を得るためイルクーツクからペテルスブルグに行った。その間に庄藏と新蔵は日本に帰ることを皇帝は許さないと信じていた。ロシアで死んだ場合、ロシア正教の信者でなければ墓地に埋葬されず、墓地の外に野ざらしになると言われ、二人は改宗した。光太夫が帰り、皇帝が帰国許可をくれたことを知って新蔵は帰国したかったが、宗旨が違うので帰国を無念の思いで諦めた。
光太夫は庄藏には、許可を貰ったなどと、とても言えす、帰国当日の朝、そのことを庄藏に告げる。庄藏は唇を震わせ「連れて行ってくれ。俺も帰る」と泣き叫んだが、光太夫は庄藏を振り切って別れる。庄藏は片足で光太夫を追いかけるが雪の中に倒れる。
何と痛ましい場面か。庄藏と光太夫の気持が胸に迫る。