2021年3月18日木曜日

蔦重の教え 車浮代

今書いている葛飾応為の小説の足しになるかと思って読んだが、あまり得るところはなかった。

主人公が江戸時代にタイムスリップして、蔦屋重三郎に助けられ、蔦屋の仕事ぶりをいろいろ学ぶ。同時に歌麿とも懇意になる。

話は、蔦屋と歌麿の生い立ちを主人公が訊きだし、現代と並べる手法。それなら、伝記を読んだ方がすっきりする。小説として起承転結やクライマックスがなく、感動的な場面はゼロ。電卓を持っていって、暗算をするというのもおもしろくない。吉原の裏の話とか、蔦屋の取り調べ(検閲)とかの話がない。

花魁と情事の際に男が現れ、あわやと言うときに現代に戻る。

余り掘り下げて描いてないので飛ばし読みで、今日図書館で借りてきて、今日読み終えた。薄っぺらな話。

最後に「教え」が列挙されているが、この本は、小説と言うよりも実用書かと思った。中途半端なごちゃ混ぜ本だ。

相当蔦屋のことと歌麿のことを調べたように感じた。

2021年3月16日火曜日

武士の賦(もののふのふ)佐伯泰英(やすひで)

 佐伯氏は時代物小説の名手で「居眠り51話をを始め、夥しいかずの小説を書いている。1942年生まれだから、わたしの一歳年上。現在79歳。老齢にして健筆ぶりを発揮している。時代物を書いている私としては、どういう時代物を執筆されるのかと思いつつ、今日まで読む機会がなかった。今日「武士の賦」第一話「初恋の夏」を読んだ。

時代物でいろいろ江戸時代の用語が出てくる。江戸藩邸、御長屋、近習目付、士分、老女など。江戸時代の社会のことを知る必要があると思った。

話は4歳の利次郎が15歳の春乃に心を引かれるが、粗暴ゆえに祖父の家に預けられ6年が過ぎ、10歳のときに娘になった春乃に会う。淡い恋心を幼子ながら持っていたが、6年ぶりに会った春乃は「嫁に行きます」と言い。「利次郎はその言葉に両眼を閉ざすと、混乱する頭の中から、『幸せにな』と絞り出した。」

 話は単純明快で、分かりやすく、読みやすい。時代物だと言ってガチガチにする必要はないことが分かった。

2021年2月20日土曜日

浄瑠璃地獄 大島万寿美

 よくできた話。作者は浄瑠璃のことにくわしい。専助が近松半二の娘、おきみを世に出すため、柳太郎(近松やなぎ)に肩入れする。その心意気がうまく描かれている。「彫刻左小刀」は実際にあった浄瑠璃で、専助添削、柳太郎作だ。作者がこのことを小説にしたのだが、その才能が素晴らしい。大阪弁もいっぱい出ていて上方の雰囲気が出ている。

最後専助は楽しい浄瑠璃極楽を夢見つつ死んでいき、おきみ(近松加作)が大成するかどうかは、語ってない。そこが余韻というところか。

おもしろかった。

2021年2月7日日曜日

紅嫌い 坂井希久子

江戸摺師の娘、お彩が呉服屋の色彩見立てアドバイザーになる話。色盲のため赤と緑が同じに見える武家をうまく材料にしている。

そこに、目の見えない元摺師の父親、呉服屋の次男、手代、許嫁などを登場させて、一編のの話に仕立てている。最後は、呉服屋の色の見極め役になるのかならないのか、はっきりしないところで、余韻をもっている。

時代物を描くときの参考になった。

膝を払い立ち上がる 間口10間はあろうという大店の前にたどり着いた。板戸を取り払った店内は、大いに賑わっている。奉公人は忙しく動き回り、広々とした座敷では、多くの客が反物を物色中である。お彩のように古着を着ている者はいない。ぐっと眉を寄せる それぞれの仕事をしつつも聞き耳を立てるこれは本気だ 「でもーー」と呟き、視線をさまよわす 噂になってます 仰天して仰向けに反った 様子を見守っていた他の手代 足を濯ぐ 足を拭う しばらく黙々と箸を動かしていた辰五郎が、ふいに思い出したように呟いた。沢庵をぽりぽりと齧りながら、先を続ける 余りの剣幕に、お彩は口の中のものをごくりと音を立てて飲み込んだ 肝心要の外堀はすでに埋められて

2021年2月4日木曜日

へぼ侍 坂上泉

 西南の役の前線に出て武功をあげようとした17歳の少年隊長の話。西南の役の戦いの場面のエピソードが色々あるが、戦況についての説明が長く、途中で退屈してしまう。

 江戸時代から明治に移り変わる激動期、西南戦争において武功を挙げんと意気揚々と東京から熊本まで出かけた、元剣道場の跡取りの志方錬一郎は、戦場で戦い方が、剣から銃に替ってしまい、やあやあ我こそはの戦が、射撃一発で瞬時に終わる戦いとなってしまった。武功を挙げるどころではない。17歳の遊撃隊長として西南戦争にはせ参じた錬一郎も、あれから60年たち、77歳になり、東京に出て勉強して、今では大阪の父の道場の後に、書院を経営し隠退する。この60年間に世の中がまるっきり変わり昔を懐かしく感傷に浸る錬一郎であった。

 戦の場面が詳しく書かれているが、同じようなことばかりで、読んでいて飽きてしまう。戦地で酒を呑むとか女を買うとか賭博するとか、エピソードいろいろあるが、読むのがつまらなくなるところもあったが、最後の章で、なんとか挽回したよう。最後の感傷場面がなければ松本清張文学賞を受賞していなかったろう。

2021年1月20日水曜日

清経の妻 澤田瞳子

 北畠三喜の娘・多満は、香炉を探して、

「ないッ。父からいただいた香炉がありません。今朝まではここにあったのです」

と言っているが、著者は香炉がどこに行ったかを最後まで明かしていない、中途半端な作品。

能の「清経」を巧く小説に仕上げた。どことなくわざとらしい。

2021年1月16日土曜日

震雷の人 千葉ともこ

 松本清張賞受賞作品

安禄山が登場する歴史小説と思ったら、そうではない。武侠もの。兄妹が唐の末期にどう生きたかを描いた作品。だから、唐に反旗を翻した安禄山の戦いぶりというより、細々した日常のいざこざ、例えば母との関係、妹(采春)とその許嫁との関係、兄(張永)の人間関係の話など、が中心に話が進められていく。そのため歴史的展開がほとんどない。日常生活の描写が大部分で、面白くない。

疑問点

采春は、許嫁(顔李明)を安禄山が殺したからと言って、安禄山を仇として狙うという話は、構想が大きくて良いが、大きすぎる。

安禄山の行言動が一行も書かれていない。これでは安禄山がどういう人間かが読者に伝わらない。でぶでぶの安禄山が寝ていると場面が突如でてきて、あっけなく殺されてしまう。敵討ちだからもっと力を入れて書くべきだ。

また、いただけないのは仇を討ったのに話が延々と続く。

李明の言葉が疑問だ。

「そもそも人の心は何で動く。(略)わたしは字だと思っている。字はただの容ではなく、言葉も字を口にしただけの単なる音ではない。活きて、人の芯である心を打つ。ゆえに、私は文官になりたい」

上の文で「ゆえに、文官になりたい」と言っているが、字が大事だから文官になりたいというのはどういうことか分からない。「文官」とは大辞泉によれば「軍事以外の行政事務を取り扱う官吏」のことであり、行政職である。字、または言葉、または文章で人を動かしたいのであれば「文筆家になりたい」と続くのが自然である。「字」というのも分かりにくい。

つまらなくて、何度も途中で読むのを辞めようと思った。最後の部分(采春が燕側で、張永が唐側)になり、兄妹が敵対同士で戦う場面になってやっと面白くなってきた。

読者を牽引していくものがない。

もう一度読んでみようか。松本清張賞受賞作だから。