2012年12月23日日曜日

蛍の河


中国戦線中のある出来事を体験談としてではなく、小説として発表した。文体に無理がなく、凝った言い回しがないので、そのまま素直に読んでいける。 小隊長安野の性格描写(自分を頼りにしている、部下思い、このため古参兵に慕われる)、安野と自分との関係の描写が巧み。導入部分でなぜこの話を書くのかを説明しているため読者は納得して読み始められる。(ポーの「黒猫」の手法) 最後に擲弾筒が河の中から見つかり、ハッピーエンドになっていて、読者は救われる。 原稿用紙40枚ぐらいで直木賞をとっている。

2012年12月9日日曜日

海鳥の行方 桜木紫乃

 話の構成、伏線の張り方がうまい。読者に期待をさせておいて最後にその逆をエンディングにしている。読者の気持ちを見透かしている。  具体的には、まず山岸里和が紺野に対して「こいつと戦おう」と読者に話の行方を暗示させる。紺野は暗示に応えるように「おめえみたいなのは、すぐぶっ壊れる」と言う。里和の心に空いた空洞を「仕事で埋めよう」と思う。石崎と釣りをしていて竿の先に「衝撃的な記事がうようよしている」と読者を誘い、最後の場面で石崎(和田)が別れた妻から聞き出す言葉で記事を締めくくれば最高の記事になると思わせる。ところが、「当てる」ことができずに、何も聞かずに最後の場面で「ぶっ壊れる」。 里和が新聞記者を辞めるのか続けるのかはわからない。多分棒に振るであろう。 桜木紫乃(さくらぎ しの、1965年4月 - )は、日本の小説家。北海道釧路市生まれ。釧路東高校卒業。江別市在住。直木賞候補、オール讀物新人賞

2012年11月28日水曜日

寂野 澤田ふじ子

昭和51年
話の構想が素晴らしい。長兄の吉岡清十郎、次兄の伝太郎、甥の源次郎を殺した武蔵に思いを寄せたのうが、長野十郎から受けた仕打ちで強い女になり、偶然出会った武蔵に黒染めのけんぼうを贈るという構想。また黒染めを復活させるという意気込みが伝わってくる。佐々木小次郎との決闘で、武蔵の鉢巻が切れたが額にはかすり傷がなかったという終わり方も巧い。
主人公、のうの心理を刻々と読者に知らしめることにより読者を共感させている。

2012年11月26日月曜日

幻燈畫集 三浦哲郎

 私小説。三浦は兄弟姉妹を失踪とか入水とかで亡くしているが、それがそのままフィクション化している。「忍ぶ川」の私と同じ境遇でもある。  私の、それまでの悲しい、やるせない、重苦しい、言わば女々しい生き方が、最後の「剣道の道具一式」でガラリと雰囲気が変わる。なんとバランスのとれた、うまいエンディングなんだろう。

忍ぶ川 三浦哲郎

 落ち着いた文体。緩やかな無理のない展開。「うち! あたしの、うち!」という心に響くエンディング。どんでん返しも、意表を付く展開もなく順々に読者を話に巻き込んでいく力がある。志乃、志乃の父親、志乃の妹などの登場人物の性格描写もうまい。  すべてがトントン拍子で終わっていき、なんの凸凹もないのだが、後味の良い小説。

2012年11月6日火曜日

TO BUILD A FIRE Jack London

  No other story is so moving. Immediately after I read a few pages, I found myself identified with the protagonist.
  His battle against the freezing cold, more than fifty degrees below zero, is lost when he gives up and sits on the icy ground, his body frozen and numbed, knowing that he will soon die.
  The climax of the story is when the thawed snow on the branches of the tree falls on his cherished fire. He uses his heels of his hands to light the last matches and then the light fades away because he scatters it with his frozen fingers against his will.
   Each scene that is getting worse and worse is so well described that I felt as if I were watching a movie. Jack London is a master of story telling.
  What moves the reader most is the story that deals with impending death. In the last part of the story, I was asking, “Can he survive? Can he survive?”
     P.S.
     Jack London may have written this book to warn human beings who are foolish enough to be destroying nature. If it were not for fire, the only method that distinguishes man and animals, what would happen to them?

2012年11月5日月曜日

乳房 伊集院静

 平成3年  特に心理描写や情景描写が上手いわけでもなく、淡々とした語り口で話が展開する。癌を患っている妻に“隠れて”女を買い、自己嫌悪に陥い、最後の部分で全てが収斂される。  「タオルを受け取り洗面所で水道の蛇口をひねると、ふいに涙があふれてきた。自分に対する憤りと、見えない何者かへのどうしようもない怒りがこみ上げて」の感情の吐露で、読者は一気に「私」に感情移入する。  人間の生きるさみしさ、切なさ、温かさをうまく切り取った。

2012年11月3日土曜日

宵待草夜情 連城三紀彦 

昭和56年  鈴子が照代を“殺した”あたりから、話が急展開し、読んでいて息苦しくなった。さすが吉川英治文学新人賞と直木賞を取っただけの作家だ。鈴子と古宮の心理を巧みに描き、血と赤い花を色盲というトリックを伏線にして、ぐんぐん読者を引っ張っていき、最後に謎を解き明かすという恋愛推理小説。  情景描写も巧みで、文章一つ一つがよく練られている。作者独自の描き方をしていて、どこにも紋切り型の文句はない。 何気ない二人の出会いが、心中かと思わせるほどの迫力で迫ってくる。恐ろしい作品だ。  文字にこのような力があるとは。この力を最大限効果的に活用しなければ作家とは言えない。

2012年11月1日木曜日

頂 もりたなるお

昭和49年 現代小説新人賞

 頂という名前の幕下が、ゴッチャン(八百長)相撲を仕掛けるが、2勝5敗の散々の成績で相撲界から足を洗う。  ゴッチャンの資金稼ぎに年増の色狂い女(薄気味悪い半開きの目、巨大ロールパンの2段腹が餅のように波打つ、でかい口、豚)と寝る。一回2万5千円で17万5千円稼ぐが、対戦相手6人に一人2万円でゴッチャン相撲を持ちかけるが、おっとどっこい、思うようにはことは運ばない。7人目の病身の相手にも負けてしまう。
 7人の取り組み相手との交渉の仕方、取り組み、その後の心の動きが手に取るように描かれている。描写力が素晴らしい。長い文がなく、短い文を畳み掛けるようにして連ねている。
 幕下人生の負け組がさらに負けていく姿を、読者に八百長がうまくいくかどうかという一点でつってつって最後まで引きずり込んでいく手腕はさすが新人賞を取っただけあると思う。ゴッチャンがうまくいって10両になるという結末よりも、最悪の事態になる方が、読者の心を(哀しくも)打つ。

2012年7月22日日曜日

影向(ようごう) 上田三四二

 老人が電車の中で観察しているスカーフの女は、幸せにすることができなかった十志子を思い出させて、回想にふけっていると、女の隣の席が空き、そこに座ると女の肌が自分の身体に接触し「恵み」の世界に入っていく。電車から降りて、遠ざかって行く電車の中にはスカーフの女がいなかった。
 老人の心理状態と、老人が見ている現実世界を文字に写し取る描写力は舌を巻く。映画を見ていてもあのようにぞくぞくするほどの感覚は無いだろう。 スカーフの女は観音菩薩か、色々伏線がある。タイトルの影向(ようごう)、袖無のブラウス(弥勒菩薩)、藍の渦巻き(天女が紫雲を舞う)、金の鎖(仏の首の細い数珠)、崖っぷちに身を置く老人(死期)、霊園の宣伝、西方に向かう電車(天竺)、奈落の階段等。

上田 三四二(うえだ みよじ、1923年(大正12年)- 1989年(平成元年)は、日本の歌人(アララギ派=写実的、生活密着的歌風を特徴とし、近代的人間の深層心理に迫り、知性的で分析的な解釈をした)小説家、文芸評論家。ウキペディア

めずらしい人 川端康成

女房と離婚し、世話女房の役をしていた息子が結婚して家を出てから、父は「めずらしい人」に会った話を娘に聞かせる。余りにもめずらしい人に会う回数が多いので、娘っはあるとき父の後をつけていくと父があっていた相手は自分の母であった。その後、母に合うためにまた後をつけていくのだが、父が話しかけた人は怪訝な顔をする。 自分の身の回りをしていてくれた者が消えて、心の安定を欠くようになった老人が、安定を求めて、めずらしい人に会ったという幻想の世界に入り込む。 妄想が始まった老人の悲哀を描いた。  始めの方のめずらしい人に会ったのは本当の事なのか、または全部老人の妄想なのかをえさせる短編である。

2012年7月17日火曜日

The Country Husband by John Cheever

  This short story depicts Francis’s disturbed mind well. Since he met Ann Murchison, his mind is always occupied with the girl, day and night. His dream and subconscious raises much havoc, such as: rude words toward Mrs. Wrightson ; his severe criticism about Clayton; the quarrel with his wife; and the final consultation with a psychiatrist.
   Too many incidents happen in the story to digest: the plane emergency landing, the noisy and quarrelsome children of his, falling in love with Ann, quarrel with his wife, lust desire over Ann, a surprise to know Clyaton’s fiancé, and the consultation.
    I would rather prefer a story in which a merer incident develops until the reader experience some kind of revelation or the twist, however, “The Country Husband” does not stick to an incident. It just lays out unique incidents in chronological order. I did not get any deep impression or pleasure out of the story.
   I don’t know why Cheever added the epilogue. Without it, would the story stop too abruptly? Without it, the story would give a strong impression on the part of the reader. Probably Cheever wanted to softland the story as the outset plane landed.

Some excellent expressions:
1. the girl entered his mind, moving with perfect freedom through its shut doors and filling chamber after chamber with her light, her perfume, and the music of her voice.
2. The sky shone like enamel. Even the smell of ink from his morning paper honed his appetite for life, and the world that was spread out around him was plainly a paradise.
3. How happy this clandestine purchase made him, how stuffy and comical the jeweler’s clerks seemed, how sweet the woman who passed at his back smelled!
4. he laughed uproariously at dull jokes. . . The bracelet was in his pocket.
5. Francis was tired from the day’s work and tired with longing.
6. his arms spread over the steering wheel and his head buried in them for love.
7. the abyss between his fantasy and the practical world opened so wide that he felt it affect the muscles of his heart.

2012年6月30日土曜日

不等辺三角形 内田康夫

 名古屋の陽奇荘にあった仙台箪笥を仙台に修理に出すところから話が展開する。陽奇荘の世話人であった柏倉が水死体で見つかり、仙台で箪笥を見に来た岩澤も殺される。浅見光彦という探偵が謎を解き明かしていく。  話の舞台陽奇荘は、実は揚輝荘で、松坂屋創業者、伊藤次郎左衛門の別宅であった。登場人物の正岡家は実は伊藤家である。勿論フィクションであるから小説のようなことはなかったのだが、内田康夫は「あとがき」で、奥松島と名古屋の取材から刊行まで5年かかったと言っている。汪兆銘が陽奇荘にて謎の漢詩を詠んだ話などはポーの黄金虫の話のような謎解きの面白さがあった。
 話の展開がゆったりしていて、急がずじっくり読み進められる。内田がところどころで立ち止まって、話の整理をしたり、浅見のモテぶりを描いたりしてくれるからだろう。ただ、浅見探偵はシャーロック・ホームズのようなキレがない。どちらかというと次第にどことなく情報があちこちから集まってきて最終的に判断するというタイプ。どこか冴えない。
  しかし、冒頭の三人の死体と謎の漢詩のおかげでどんどん読み進み、3日で読み終えた。

2012年6月24日日曜日

善人はなかなかいないA GOOD MAN IS HARD TO FIND by Flannery O’Conner

この短編は隅から隅まで、用意周到にほぼ完璧に仕上げてある。まずMisfitは実はgrandmotherで、grandmotherがキリスト教を生半可に捉えている。これに対して<はみだしものMisfit>の方が真剣にキリスト教について考え抜いている。
Who is the real Misfit? It is the grandmother, who assumes that she is a pious Christian, but who actually pretends to be a lady, looks down upon a low-class people, does not admit her mistake about the roads, disdains a black child, and wants to marry a rich man. On the other hand, the Misfit is a good man, who thinks about the existence of Christ seriously, at least far more seriously than the grandmother. He says in the end, “She would of been a good woman….” as if he were a saint.

Misfitは、自分のしたことに対しての罰があまりにもひどい。父を殺していないのに父親殺しとして刑務所に入れられた。俺は割に合わない人間だ。やった悪が3であるのに、罰が10もある。その差の7の悪事を働かねば割に合わないということで悪事を働く。

最後のアンバランス人間の言葉She would have been a good woman, if it had been somebody there to shoot her every minute of her life.とはどういう意味か。たぶん「彼女みたいな鼻持ちならない奴は、殺されなければ自分がどういう人間かわからないよ」という意味。逆に言えば、死に直面して初めて人の仮面が剥がれるということ。

話では、おばあさんは信心深いキリスト教徒のように見えるが、おばあさんこそがはみ出しもの(社会に不釣合な人間、悪人と言ってもいい)人を見下している「私はladyよ」「お祈りしなさい」「あなたいいとこの生まれよね」と。Misfitは軍隊、葬儀屋、鉄道、農夫、離婚、竜巻に襲われ、袋叩きにあった女や焼け死ぬ男を見たことがあるようなありとあらゆる凄惨をなめた底辺の男だ。そんな男に「あなたいいとこの子だわね」というのは鼻持ちならない。偽善ババアを打ち殺すしかないのだ。

天気について同じ内容の文が二回も出てくる。Don’t see no sun but don’t see no cloud neither.とThere was not a cloud in the sky nor any sun.とあるのは著者が意図をもって書いていると思われる。おそらくSunは善人で、Cloud は悪人であろう。とすると世の中、善人も悪人もいなくて、境遇で悪人にも善人にもなるといっているのではないか。タイトルのA Good Man Is Hard to Find.も裏を返せば、A Bad Man is Hard to Find.ということだ。

「善人はなかなかいない」の翻訳の中の問題点
Of course,”he said, "they never shown me my papers. ① That's why I sign myself now. I said long ago,② you get you a signature and sign everything you do and keep a copy of it.

①誤:今、俺が<はみ出しもの>となのっているわけはそれだよ。  正:だから俺は今署名しているんだよ(悪事を働いてやったという記録を署名をして残す)

②誤:名のりをこしらえて、  正:署名の文字の形を考えて (誤訳のままだとつじつまが合わない。「……釣り合いがとれてるかどうかたしかめられる」とあるが、釣り合いが取れていないという結果が出たから「はみ出しもの」と名乗っているのであって、「名のり」をこしらえてから釣り合いを確かめるのは逆ではないか。
 

不意打ちの幸運 A Stroke of Good Fortune by Flannery O’connor

テーマ:子供は母親を干からびさせる悪なのか、神から与えられる宝なのかという疑問を投げかけている。Rubyにとって、妊娠は「不意打ちの悪運」であるが一般的には「幸運」

1.タイトルA Stroke of Good FortuneのGood Fortuneは登場するHartley Gilfeetのことでもある。Hartleyの母親はHartley(拳銃を持った乱暴な悪餓鬼)のことをLittle Mister Good Fortuneと呼んでいる。最後にHartleyがRubyに突き当たり疾風のように階段を駆け上がっていく様はまるでstroke (=vigorous movement)だ。わざわざ最後の最後に作者がHartlelyを出して階段を駆け上がらせたのはこのためである。すなわちHartleyの動きはA Stroke of Bad Fortuneだ。

2.二人の同じビルの住人の言葉も意味深長だ。まず、Mr.Jerger (78)が、若さのもとは体内にある胎児のことを間接的にRubyにつたえている。次にLaverne WattsはあからさまにMOTHERと言っているが、Rubyは気が付かないし、気がつこうとしない。というのは、ルビーの母親は34歳でしなびた黄色いリンゴのようで、白髪交じりになり、子供を8人産んで、死産が二人、ひとりが一歳未満で死亡、事故で一人死亡している。このためRubyは赤ん坊を産むことの恐怖、産みたくないという強迫観念におそわれているから。

3.Rubyは吐き気がしたり、目まいがすると「心臓病じゃないかしら」と思う。私も、そう思った。同様に下腹部で何か動いているような気がすると「癌ではないかしら」とか「ガスのせいだ」と思う。私も、そう思った。さらにBill Hillが避妊器具で五年間失敗したためしがないと言っているから、私も妊娠ではないと思ったが、結末で妊娠していることが明かされる。オーヘンリーのようなエンディングだ。

Theme of the story: Is a baby a good fortune or a bad fortune, which will ruin his/her mother? For Ruby, a baby is a bad fortune because she knows how her mother suffered from raising babies.

Interesting Point
What is Good Fortune in the story? It is Hartley, for his mother calls him “Little Mister Good Fortune.” In the end of the story, he (as a bad fortune) runs up the stairs hurriedly and violently (as if he were a bad fortune) crashing Ruby. Stroke means vigorous movement. Thus, A Stroke of a Good Fortune is actually A Stroke of Bad Fortune.

2012年6月9日土曜日

ヒカダの記憶 三浦哲郎

1985年「文学界」54歳の作品

1.文章がゴツゴツしていなくスムースで読みやすい。また状況の描写が細かく書かれていて、読んでいてイメージがわいてくる。

2.ヒカダとは東北の女性がこたつの炭火で足を温めているときに焙られてできる軽いやけどのようなもの。三浦が幼いときに女風呂でいろいろな模様のヒガタを見た話が書いてある。縞、格子、市松、絣、斑模様と多種多様。三浦の母親は粗い網の目模様。夢の中で、母親かどうかをその足を見て判断したというから面白い。

3.展開:生前の母親の夢見の話から、三浦自身の夢になり、母親のヒダカのことになり、産婆が三浦を取り上げたとき、三浦の母親の足が出産の力みでヒダカがきれいに浮き上がったという。エンディングは、ほろりとさせる。「葬儀屋が母親の遺体に白足袋を履かせるてやるのに手間取っていると、着物の裾がひとりでに滑って片方の脛があらわになったのである。」三浦は「見覚えのある編みの目をしばし眺め」て昔のことを思い出す。「もう、ようござんすか」と葬儀屋が言って、葬儀屋の手がみるみるおふくろの脛を覆い隠し、お袋と一緒に、ヒダカも消えると思った。

4.最後のヒダカがこれで永久に消えるところで話が終わり、読者をほろりとさせるところが上手い。

三浦 哲郎(みうら てつお)1931年は青森県八戸市の呉服屋「丸三」の三男として生まれる。芥川賞等多数受賞 2010年(79歳没)

掌の記憶 高井有一

1981年(昭和56年、戦後36年後)49歳にて執筆
400字詰め原稿用紙36枚

文章の流れがスムースで、読みやすい。変に文学的に凝った文章より素直でよほど良い。自転車通勤の風景から、少年時代の自転車にまつわる思い出にタイムスリップして、3つのエピソード(自転車入手、下校時の空襲、友達の叔母)を紹介し、また時間を現代に戻し小説は終わる。
タイトルの「掌の記憶」がなぜそういうタイトルになっているのかが、小説を読み終わってなるほどとわかるようになっている。そのため、この小説は、「朝いつものように自転車に跨り滑り出そうとするときに、ふと、少年のころの感覚が甦って来る事がある」で始まり、読者に少年のころの感覚とは何かという疑問を抱かせる仕掛けになっており、話が展開していって、エンディングで、「そう相槌を打ちながら、私は、昔の自転車の重い感触が、掌に甦って来るのを感じた」としている。最初と最後がうまく調和しており、サンドイッチ的構成になっている。
終戦の年13歳だったから、「掌の記憶」は少年時代の思い出の記であろう。

高井 有一(たかい ゆういち、1932年生まれ )は、日本の小説家。内向の世代の作家の一人。本名は田口哲郎。日本芸術院会員。1965年芥川賞受賞。谷崎、野間、大佛等の文学賞多数受賞。

2012年5月27日日曜日

とかげ 吉本ばなな

1 淡々とした平易な文体でかかれており、心が落ち着く。 2.とかげは少女時代に母親が死に瀕する経験をした。主人公の私は五歳のとき、母親が自殺するという特異な経験の二人を設定して(この設定はむりがある)、子供時代の暗いエネルギーから、夜が明けるようにこれからは小さな幸せを楽しんでいこうとしている二人を描いている。単純な話。
3.とかげの特殊能力は実際にあると思う。病気も治癒もその根幹はエネルギーであるから。人間の体は素粒子まで分解すると全てエネルギーから出来ているから。

よしもと ばなな(本名:吉本 真秀子〈よしもと まほこ〉、旧筆名:吉本 ばなな、1964年7月24日 - )は、日本の小説家。 海燕新人文学賞(1987年) 泉鏡花文学賞(1988年) 芸術選奨新人賞(1989年) 山本周五郎賞(1989年) 紫式部文学賞(1995年) ドゥマゴ文学賞(2000年)

ニート 絲山秋子

ニート 絲山秋子39歳の作品

1.二―トになってしまった29歳の男を愛する女の心理を描いている。その男にぞっこん惚れていることは、次のように表されている。 語り:キミへの心配、キミのことを考えた、恋するようにキミのことを思った、朝から晩までキミのことを考え続けた、キミには可愛げという財産がある、最悪の将来が来て…どこかに囲ってやる。 態度:「なんでオマエがなくんだよ」うるさいな黙って書けよ、と言おうとしたけど口の端が定まらなくってうまく発音できなかった…白く曇ったりした.

2.普通の小説のように事の成り行きを読者に語って聞かせるという形式を取らずに、男に宛てた手紙形式で話を展開している。ユニークな形式。こういう形式でも主人公の心理は読者に伝わるのだ。

3.ブログとかニートとかオレとかキミとか、若者が書いたような文体

4.欠点:私が女性であり、ニートが男性であることは6ページ目の「オレ」までわからない。

1966年生まれ。東京都出身。早稲田大学政治経済学部経済学科卒。卒業後INAXに入社し、営業職として数度の転勤を経験。1998年に躁鬱病を患い休職、入院。入院中に小説の執筆を始める。2001年退職。 文學界新人賞(2003年) 川端康成文学賞(2004年) 芸術選奨新人賞(2005年) 芥川龍之介賞(2006年)

2012年4月25日水曜日

ONE OF THESE DAYS by Gabriel Garcia Marquez

  The word count is only 994, and yet it is a rich and suggestive story. Marquez does not reveal what took place between the Mayor and the dentist, but he skillfully suggests that there was a formidable incident years before.
The foreshadows:
1. false teeth: the Mayor is a false person.
2. collarless striped shirt, a golden stud, suspenders: unbalanced appearance unlike a dentist
3. erect and skinny: negative image
4. the way deaf people have of looking: the dentist does not suit to the dentist office atmosphere. He is foreign to the situation.
5. even when he didn’t need it: he is contemplating
6. pensive buzzards: death
7. Tell him I’m not here: a conflict between the Mayor and the dentist is revealed.
8. So much the better: an intense conflict
9. He hadn’t changed his expression: he is well collected, not upset 10. shoot you: arouse the conflict tension
11. There was a revolver: more intense tension, the dentist is serious 12. His breath is icy: painful, deathlike
13. without anesthesia: the dentist revenges the Mayor by giving him much pain
14. icy void in his kidneys: his kidneys do not function, meaning he is a dirty blooded man
15. Dry your tears: the word “tears” suggests that the dentist has won the conflict.
16. the crumbling ceiling … eggs: the dentist poor house contrasted with the Mayor’s lavish one
17. the same damn thing: the Mayor’s victory over the conflict
18. One of These Days: The title suggests that the dentist and his group will revenge the Mayor one of these days.

  The story is a model material which teaches how to use foreshadows and how to lure the readers.

落葉亭 結城信一

結城が五十四歳の時(1970年)の作品だが、八十歳の時に書いたような書き方をしている。 読んでいて、いらだたしさを覚えた。死ぬことばかり書いてある。死んだ女性が現れ、死後の保険や廃庭の話。やりきれない思いになる。

遠藤周作 男と九官鳥

 実に面白い短編。ユーモアの中にペーソスあり、ペーソスの中にユーモアありで大いに読むのを楽しんだ。
 三人の男のそれぞれの個性や堀口主任の性格がうまく描かれている。文学的な美文調でなくても、読者を十分引きつけていく力がある。タイトルの「男」とは三人の男たちのことであろう。 九官鳥の「ゲロゲロ」と「マヌケ」を上手く使っている。終わり方もいい。
 周作は肺病を患っていたらしい、自分の闘病体験をユーモア仕立てにした。

2012年3月15日木曜日

WHY DON’T YOU DANCE? by Raymond Carver

○A middle-aged man sells his furniture in his yard. A girl and a boy, probably newly married, come to the yard, sample it, and buy some including an old record player and records. Later she talks about the man to her friends.   ○At the end of the story, Cover writes: “She kept talking. She told everyone. There was more to it, and she was trying to get it talked out. After a time, she quit trying.”   ○At first, I did not understand the meaning of the ending. After studying Carver’s minimalism, I interpret that she realizes the man’s feeling, his sorrow, and his life. She empathizes with him. That’s why “she quit trying.” While she was talking about him making fun of him, sympathy for him overwhelms her.   ○The story goes: “I hope you like your bed, he said.”   ○The bed symbolizes a lot of things shared with his (probably divorced) wife. The girl realizes his lonely life. That’s why “she closed her eyes and opened her eyes. She pushed her face into the man’s shoulder. She pulled the man closer. “You must be desperate or something,” she said.”    ○She uses “desperate” (actuated by a feeling of hopelessness—Random House Dictionary) twice. When she said it first time, it meant something superficial, but when she said it the second time, she knew the real meaning of his “desperate” feeling.

2012年3月14日水曜日

COLETTE by Vladimir Nabokov

1. The description of the wire movement seen from the compartment of Nord Express is excellent:   “The door of the compartment was open and I could see the corridor window, where the wires—six thin black wires—were doing their best to slant up, to ascend skyward, despite the lightning blows dealt them by one telegraph pole after another; but just as all six, in a triumphant swoop of pathetic elation, were about to reach the top of the window, a particularly vicious blow would bring them down, as low as they had ever been, and they would have to start all over again.” How vivid, minute, precise, elaborate, and humorous the description. 2. The scene near the end is poetic:   “I try again to recall the name of Colette’s dog—and, sure enough, along those remote beaches, over the glossy evening sands of the past, where each footprint slowly fills up with sunset water, here it comes, here it comes, echoing and vibrating: Floss, Floss, Floss!” 3.  “I had a gold coin that I assumed would pay for our elopement. Where did I want to take her? Spain? America?”   How skillfully the writer describes what a ten-year-old boy thinks! He makes the reader go back to his childhood days. He succeeds in writing “Collette” from a little boy’s viewpoint. Vladimir Vladimirovich Nabokov (1899-1977) was a multilingual Russian novelist, poet and short story writer.

2012年1月23日月曜日

田久保英夫 「髪の環」

作品作りがうまい。読者の読書中の心理をそれとなく操って、ある方向に誘導し、最後にその期待をドンと浄化させている。 最初の出だしから、男性読者の欲望をくすぐる設定にしてある。 例:若い女の体臭、ブルマー、桃色の肌の裸女が棘の生えた卵に乗る、自分も「罪深い」、父の「罪」も「悪」も流れている、皆子へのよくわからなぬ関心、髪の毛などは女の肉体の美しい属性、暗がりで脚をつかみ、腹をおさえ、手や首を固定して、やったのだろうか。腰のへんから足首まで眼に入る、娘らしく肉づく、言葉もなく見とれた、髪をつかんでざっくりと切った、名状できない感情に包まれた。  読んでいくうちに読者を洗脳していく手法が用いられている。ヒッチコックの映画のコマとコマの間にジュースの写真を入れこんでいって、観客にのどが渇いたと思わせる趣向。いわゆる料理の隠し味だ。 「夢まわし」を詳しく説明しているが、鋏みを最後の場面で手元にあるようにするための巧みな設定だと思った。 描写が細かく、映像を見ているようだ。

内田百閒 「すきま風」

すきま風を二人の男とひとりの若い女に擬人化し、その3人ずれが家の外の笹の葉のサラサラする音が止んだかと思うと、いつのまにやら戸締まりをした部屋に入り、部屋を物色し(全てを抵当に入れる)、別の部屋に入り込み、出ていく。後にはまた笹の葉の音がするというなんとも不可思議な話。 戸締まりをして、横になっているときの妄想を具象化した。白い女や憎い顔など、すきま風の特徴を表している

2012年1月9日月曜日

DH ローレンス 「木馬の勝ち馬」

1.この短編は寓話として読みました。少年ポールは、母親から「お父さんは運がない」とか「もっとお金を」と言う言葉を聞いて、母親の嬉しい顔を見たいがため、木馬を駆り立て勝ち馬を当てるという運の強い子になりますが、母親は金が入っても「もっとお金を」と求める。ついにポールはダービーで勝ち馬を当て「僕には運があるんだよ」と言いますが、勝ち馬と自分の命とが引き換えになってしまいます。 母親の期待が大きいと、期待に沿おうとする子供はその負担に耐え切れずに生命をも犠牲にしてしまうという教訓話を描いたのではないかと思います。 2.以下のような解釈をする批評家がいましたので、参考までに付け加えておきます。 ピュリッツアー賞受賞者でアメリカ人のガードンズという詩人は「木馬の勝ち馬」に関して次のように言っています。 すなわち、399ページの「汚れた運(ラッカー)」と「汚れた銭(ルーカー)」は、原文ではluckとlucreで、これはloveという言葉に似ている。ポールは、運が強くなって父親にとって代わりたいと願うが、これはエディプスコンプレックスの現れである。 3.事典によると、エディプスコンプレックスとは、母親を手に入れようと思い、また父親に対して強い対抗心を抱くという、幼児期においておこる現実の状況に対するアンビバレントな心理の抑圧のことをいう。フロイトは、この心理状況の中にみられる母親に対する近親相姦的欲望をギリシア悲劇の一つ『オイディプス』(エディプス王)になぞらえ、エディプスコンプレックスと呼んだ。 4.「木馬の勝ち馬」の底辺にはエディプスコンプレックスがあり、単なる教訓話ではないようです。浅薄な読解力を思い知らされました。

DH ローレンス 「盲目の男」

1.「盲目の男」のテーマは、DHローレンス著「チャタレー夫人の恋人」のテーマとよく似ています。チャタレー夫人は、夫が性的不能者であることから、番人メラーズと肉体関係を結びます。そのテーマは、人間は理性(頭脳)だけで生きていくことはできない。肉体的欲求(感情)の充足も不可欠であるということです。「盲目の男」でも、頭脳と感情の微妙な関係が描かれていると思います。 2.二つの作品が同じテーマを扱っている点を指摘する前に、翻訳上のミスを指摘したいと思います。 276ページ、6行目「それは彼[モーリス]の心が(中略)のろかったからである。彼は自分のこの心ののろさにたいし、感情が鋭敏で激しかっただけに、ひどく傷つきやすかった。だからバーティーとはまったく正反対で、バーティーの方は、心が感情よりもずっと鋭く、感情はそれほど繊細ではなかった」の部分です。翻訳では、モーリスは「心がのろい」と訳されていますが、「心がのろい」という訳は変です。原文ではhis mind was slow. となっています。mindは「心」と「頭脳」の両方の意味があります。この場合、のろいのは心でなくて頭の回転です。即ち、モーリスは頭の回転がのろかったが、感情は豊かだったと、ローレンスは書いているのです。  次に、バーティーの方は「心が感情よりもずっと鋭く」と訳してありますが、「心が鋭い」という訳も変です。原文は…whose mind was much quicker than his emotionsとあります。要するにバーティーのmindはquick(頭の回転が速かった)わけです。 だから正しい訳は「それは彼[モーリス]の頭の回転が(中略)のろかったからである。彼は自分のこの頭脳ののろさにたいし、感情が鋭敏で激しかっただけに、ひどく傷つきやすかった。だからバーティーとはまったく正反対で、バーティーの方は、頭脳明晰で感情はそれほど繊細ではなかった」となります。 3.以上のように考えると、モーリスは知的人間というより、感情の豊かな人間で、バーティーは逆に感情的というより知的人間ということになります。だから、バーティーの職業は頭の切れを要する弁護士で、「女性に肉体的に迫ることができない」性的不能者(感情を発露出来ない人)という設定にしてあると思います。 一方、モーリスは頭ではなく自分の手で触れて感触的、本能的にものを理解するタイプに設定してあります。 4.この頭脳的人間と感情的人間を結びつけているのがイザベルです。 5.最後にモーリスがバーティーの顔や身体を触りますが、触られたためバーティーの殻、即ち頭で物事を理解する姿勢が崩壊するのです。これによりバーティーは軟体動物、すなわち感情も兼ね備えた赤裸々な人間になったことを示唆していると思います。 6.最後にDH.ローレンスはホモセクシュアルであったとも、また16歳の頃数人の女の子に猛烈に言い寄られて病気になり肺炎になったと、ある文献にあります。モーリスがバーティーの肉体を触るのは著者のホモセクシュアルの現れであり、またバーティーに関して「女性たちが彼の方へ働きかけてきそうになると、彼は身を引いて彼女たちを嫌悪した」という女性嫌いは、自分の体験を書いているのかもしれません。